Beyoncéの『Listen』の楽曲分析・解説ページです。
楽曲の構成や聴きどころ、歌のパフォーマンスを中心に解説していきます!
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楽曲概要
シングル/アルバム『B’Day』ボーナストラック
作曲 : Anne Preven,Beyoncé,Henry Krieger,Scott Cutler
プロデュース :The Underdogs,Beyoncé
2006年公開のミュージカル映画『Dreamgirls』のサウンドトラックからシングルカットされた楽曲で、日本でリリースされた『B’Day Deluxe Edition』にも収録されています。
Beyoncéのパワフルな歌いまわしが見事ですが、この楽曲は歌だけではなく曲構成も素晴らしいので一つひとつ解説していきます!
楽曲分析
原曲Key=B(Bメジャー)
原曲BPM=62くらい
主なコード進行
(Aメロ) Bsus2→F#/A#→G#m→D#/Fdouble sharp→C#m7→F#7sus4→F#
(Bメロ) D→F#7/A#→Bm→F#m→G→G6→F#sus4→F#
※BメロでKey=Dへ転調
(サビ) ①B→F#/A#→G#m→F#→EM7→D#m7
②B→F#/A#→EM7→F#/E
→D#/Fdouble sharp→G#m→G#m/F#→C#m7→E/F#
コード進行と伴奏
まずは全体のコード進行と伴奏をみていきましょう。
コード進行は前項で略記しましたが、#(シャープ)が多くて分かりにくい(見にくい)ですよね。この楽曲のキーであるB(Bメジャー)というのが、譜読みや楽曲分析する時に少々厄介でして。楽譜に♯が5つもつくんですよね。ピアノで演奏するなら、ほとんどが黒鍵を使います。
また、オンコードといってコードの基本形ではないものが多用されている(“/”で示しているコードです)ので、コード進行の全容が一目では分かりにくいのではないかと思います。
でも、大丈夫です!一つひとつ内容を確認していけばそれ程難しくはないので!解説の最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
では、まずAメロから。
(Aメロ)
とりあえず全体の流れを掴むためにコードを簡略化して分析してみましょう。
次のように簡略化してみました。
B→F#→G#m→D#→C#m→F#
さらにBをⅠとしてこの進行を次のように書き換えます。
Ⅰ→Ⅴ→Ⅵ→Ⅲ→Ⅱ→Ⅴ
(この表記はディグリーネームといいます)
そして、これをコード進行の特色ごとに分けてみます。
①Ⅰ→Ⅴ→Ⅵ→Ⅲ
②Ⅱ→Ⅴ
①はポップスでよく目にする基本的なコード進行です。かの有名なカノン進行にも共通する進行です。Ⅰ・Ⅵ・Ⅲは安定した響きがするコード(コードの機能上トニックといいます。Ⅲは使い所に寄ります)でそれらの間に不安定で緊張感のあるⅤのコード(ドミナント)が挿入されています。ⅤはⅠへ進もうとする働きがありますが、ここではⅥとⅢがⅠに置き換わって配置されています。
②はツーファイブという定型的な進行です。完全四度上のコード(Ⅱから数えて4つ目のコード=Ⅴ)に進むと強い動きが生まれます。また、不安定で緊張感のあるⅤはⅠへ進もうとする働きがあり、曲中でも実際Ⅰへと進行しています。(Ⅰまでの進行を含めてツーファイブワンと呼称したりもします。)
Aメロの基本的な構成は、➀で程よくコードに動きを持たせ、繰り返しの➀の前に②を挿入して頭のコード=Ⅰへ戻ってきやすいようにしているといった感じです。
さて、ここから難易度を上げます!!
簡略化したコードを元に戻してコード進行と伴奏を分析してみましょう!
その前に簡単に記号の解説をしておきます。
・sus:サスペンドの略。音を引き上げるという意味(引き下げることも)。
sus4はコードの構成音の3番目の音を4番目の音に引き上げる。
・〇/〇:オンコード。/の左が基本コードで/の右の音をベース音にもってくるという意味。
・×みたいな記号:ダブルシャープ。♯2つ分(すなわち1音上げる)という意味。
FのダブルシャープはGと同じ音(厳密に言うと違うが説明は割愛)
・〇7:セブンスコード。7番目(♭7th、短7)の音を付加したコード。
この楽曲が上記の記号を使って何をしているかというと、ポイントとしては2つです。
➀音の流れをスムーズにさせる
②音のひっかかり(違和感)を残す
下の譜面を見て下さい。
青で示した箇所はコード間で共通した音です。音を引き下げたり(Bsus2のsus2)、音を付け足したり(C♯m7の7th)することで各コード間で共通音が生まれています。共通音があるおかげで音の流れがスムーズになっています。
また、1・2小節目に注目すると、F#がF#/A#というオンコードの形になっているおかげでベース音が1音ずつ下行していることが分かります。これも音の流れをスムーズにさせる要素です。
ただ、順次下行して辿り着いた音がFのダブルシャープ(G)の音になっています。この音がこのコード進行にひっかかり(違和感)を残しているのです。本来、B(Bメジャー)というキーにはFのダブルシャープという音は出てきません。キーの音に従うならここはF♯またはAの音を使いたいところです。ですが、敢えてFのダブルシャープを使った結果、音にひっかかり(違和感)を残しました。これが『Listen』という楽曲の個性だと思います。
さらに歌詞とリンクさせると、このFのダブルシャープが登場する音には「heart」という歌詞が乗っています。音のひっかかりと心理的なひっかかりを掛けたのではないかと推測できます。(『Dreamgirls』の劇中でもそのような描写でしたので。)
ちなみに、音の上げ下げ等の工夫がなければ下のような譜面・音源になります。
(D♯の箇所は基本形だと音楽的でないと判断したためオンコードにしています)
聴いてみるとよく分かるのですが、悪くないけど何だか味気ない感じがしませんか?あるいはどこかで聞いたことがあるようなありきたりだと感じるかもしれません。
こうして比べると作曲者の工夫にセンスを感じますよね!
Aメロだけで随分長い解説になってしまいましたが、続いてBメロを見ていきましょう。
(Bメロ)
BメロはKey=Dへと転調しています。
BメロもAメロと同様に簡略化してDをⅠとして順に書き示すと次のようになります。
Ⅰ→Ⅲ→Ⅵ→Ⅲ→Ⅳ→Ⅲ
長いですが、コードの機能的にはこれでひとまとまりだと解釈できます。
Ⅰ・Ⅲ・Ⅵは安定した響きをもつコードで、それらの間に少し不安定なサウンドをもったⅣというコードが挿入されていることで進行に動きがでています。
もう少し深堀して分析してみましょう。
Bメロのポイントは3つです。
➀共通音を使ったスムーズな転調
②内声部の順次進行(上行)
③転調を予感させるコードの使い方
➀共通音を使ったスムーズな転調
→AメロはBメジャーでしたが、BメロはDメジャーになっています。ポップスでよくある転調というのは、音の構成が近い調(近親調)や半音上げた調に移るものでそれは比較的容易に転調できます。また、転調する際に転調先の調のⅤを転調直前に持ってきてスムーズに転調させるやり方(ドミナントモーション)がありますが、このBメロではそのよくある転調・手法は用いていません。
ここではBメジャーとDメジャーで共通するF♯という音が両調を橋渡しする役目を担っています。Aメロの最後のコードはF♯ですし、Bメロのアーフタクト(メロディの出だし)がF♯かつBメロの初めのメロディ・コードにもF♯が含まれています。
関係性の薄い調であってもこうして共通音を上手く用いることで転調はスムーズに行うことが出来ます。
②内声部の順次進行(上行)
→上記譜面の赤丸で囲った箇所に注目してください。Aから始まり、順に半音ないし一音ずつ上行しているのが分かります。音の流れがスムーズですし、サビに向かっていく高揚感を感じます。
ちなみに、途中のF#7/A#はDメジャーの中にはないコードです。
(あるとすればF#m7/A)
では、どこからこのコードがやってきたかというと、まずは先述の通り順次進行の過程でA#が生まれたため内声部がAからA#に変わったことが関係していると言えます。そして、実はこのコードBメジャーの中にあるコードなのです。Bメロの開始直後に出てきていますが、ここではまだAメロのBメジャーの雰囲気を引っ張ってきているという訳ですね。
(音楽理論的にはBmのドミナントコードだという解釈もできそうです。)
③転調を予感させるコードの使い方
→サビではまたBメジャーに戻るのですが、Bメロの最後ではそれを予感させます。
まずF♯というコードですが、これはBメジャーのⅤのコードです。不安定なⅤ(F♯)はⅠ(B)へ解決したくなります。(ドミナントモーション)
また、歌のフェイクもそれに合わせてBメジャーの音階になっています。さらに最後の一音はB音で終わってサビのメロディへと繋げています。芸が細かいですよね!
いよいよサビです!!
当然、一番盛り上がりをみせるサビですが、構成上はAメロ・Bメロに比べるとシンプルなのでさらっと解説します。
(サビ)
サビ前半①は例にならって簡略化したコードを記載します。
Ⅰ→Ⅴ→Ⅵ→Ⅴ→Ⅳ→Ⅲ
こうしてみるとよりシンプルですね。基本的なコードの流れについては説明不要かと思いますので割愛します。
サビ①のポイントはベース音の順次進行(下行)です。Bから始まりA♯、G♯と順次に音が下行していっているのが分かります。(厳密に言うと、実音ベースでは、G♯からF♯に移る箇所のF♯はG♯の下の音ではなくそのオクターブ上の音になります。)
サビ後半②はコードの移り変わりが多いですがこれまでと同様に見ていきましょう。
Ⅰ→Ⅴ→Ⅳ→Ⅴ→Ⅲ→Ⅵ→Ⅱ→Ⅳ
コードのまとまりごとにわけると次のようになります。
()の音は重複又は次の展開のコード
a)Ⅰ→Ⅴ→Ⅳ
b)(Ⅳ→)Ⅴ→Ⅲ→Ⅵ
c)(Ⅵ→)Ⅱ→Ⅳ(→Ⅰ)
a)安定感のⅠ、不安定なⅤとくれば次は安定感のあるⅠまたはⅠに準ずるⅥやⅢのコードを期待しますが、Ⅳがくることで裏切られた感じが出ます。Ⅳはやや不安定で次に進もうとする力をもったコードです。メロディもアーフタクトから食い気味に入ってきて聴き手の緊張感を持続させたままにしてくれます。
b)a)から続いた緊張感が一旦ここで少しだけ落ち着きます。ここで使われているⅢは直前のⅤと構成が似たコードですので、どちらかというとⅤと同じ緊張感をもった響きがします。
c)サビの終わりの進行は、「サビが終わったぞ!」という雰囲気ではなく続くAメロに繋げるための進行になっています。ⅡやⅣはサブドミナントとよばれる機能をもっていて、ドミナントであるⅤほどではないがやや緊張感や不安定さを感じさせる響きがします。このようにフレーズ間に用いると柔らかくフレーズを繋げてくれる働きがあります。ループ音楽や洋楽でよくみられる進行です。
サビの解説は以上です!
実際はこのあと2番とCメロがあるのですが、今回は割愛させていただきます。2番は1番と構成が同じですし、CメロはBメロとエッセスが似ています。(CメロもDメジャー。)気になった方は音源や楽譜などを参考にして是非研究してみて下さい!
聴きどころ
この楽曲の聴きどころは何といっても迫力満点のBeyoncéの歌声です!
感情こもった歌声に惹きつけられ高揚してくると思うのですが、彼女の歌唱力・歌唱スキルにも是非注目して聴いてもらいたいです。
個人的聴きどころです。
➀歌の抑揚(場面ごとに抑揚を全て変えている。随所にがなりも。)
②フェイク(精密で細かい。)
③歌に休みがない(単に休符が少ないということだけでなく、聴き手に休符を感じさせるリズムの取り方をしているし、休符にも音の余韻を残している。つまり休符でも休んでいない。個人的には2番のサビの「I followed the voice」の後の16分休符が最高にかっこいいと思っているので、よければチェックしていただきたいです。)
あとは前項で解説したBメジャーとDメジャー間の転調のところも注目ポイントかなと思います2つの調が交互に展開されているこの楽曲の構成はまさに映画の場面展開・キャラクターの心理描写を描いているように思えます。ちなみに、個人的にはBメジャーは重い感じがして、Dメジャーは前に進む感じがするのでそれが心理的な葛藤を表現しているようにも思えます。
余談
※『Dreamgirls』の一部ネタバレあり
『Dreamgirls』劇中では、前半でBeyoncéはマネージャーに「君の歌には個性がない」と言われてしまうのですが、それを見ていったいどんな世界だよってツッコんでしまいましたね。役どころなので仕方ないですけどね。
でも、たしかに劇中の歌唱シーンのほとんどで、現実のBeyoncéでは考えられない程淡々と歌っていたイメージです。
対して『Listen』は感情をむき出しにしているような印象があって、これまでのシーンはこの『Listen』を聴かせるためにあったんだとさえ思いました。
『Dreamgirls』は、Jennifer Hudson(ジェニファー・ハドソン)も出演していました。彼女の歌唱シーンもとんでもなく素晴らしいですよね。いつかそちらも分析してみたいと思います!
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